2018-09-07

昨今、ネットなどにおいても「米国株などへの集中投資は正しい(or 間違いだ)」「全天候型の国際分散投資は正しい(or 間違いだ)」とった議論が様々なところで繰り広げられているようです。

この「集中投資」vs「分散投資」の議論に「正解」はあるのでしょうか?

「集中投資、分散投資のどちらが正しいか」に正解はない

得てして、投資家は、投資法が「正しいのか」に拘る傾向にあります。これは、不確実なマーケットに足を踏み入れている「不安感」を、投資法の「正当性」を確認することにより「安心感」に変えたいという心理が働くためであろうと思います。

しかし、当たり前のことですが、万人に正しい投資法など存在しません。

一般に、
『投資家が、投資対象を集中させるときは、リスクは高まることを覚悟する一方で、高いリターンを期待します』、他方『投資家が、投資対象を分散させるときは、リターンの平準化を覚悟する一方で、リスクの低下を期待します』

要は「選択」の問題です。

投資家が想定する投資対象の期待リターンにも依るところですが、投資対象をどの程度「集中させるか」「分散させるか」はその「度合い」の「選択」です。投資家が、そのメリットとデメリット、自身の考え方などから総合的に判断したうえで決定する、まさに「選択」の問題です。

一般論で「正しい(良い)」「正しくない(悪い)」を評価するような問題ではないのです。

その「選択」には、投資家が自身で納得感が得られているかが最も重要だと考えます。仮に「正解」という言葉を使うのであれば『自分なりの「正解」を「選択」する』という表現が相応しいでしょう。

他人の投資行動に批評や反論が集まるわけ

にもかかわらず、この手の議論は長く続いています。先日、米国の行動ファイナンスの研究者と話をする機会がありましたが、米国のネット上においても同様の議論があるそうです。

その時に聞いた話ではありますが、
投資家は「自分優位性」「価値観の相違」を示したがる傾向にあるようです。さらに、他人の保有資産が高いパフォーマンスをあげているときには「嫉妬心」を持ち、逆に、低いパフォーマンスであるときは「他人の不幸は蜜の味」のような「優越感にひたる心理」が働くそうです。

投資家本人が十分に納得していれば、他人の投資行動をどうこう批評する必要などないのですが、このような投資家心理は不変で、他者の投資行動への批評・反論はまず永遠に続くであろう、とのことでした。

特に投資初心者については、そういったことを好機と捉え、自分の投資に対して批評や反論があっても、ブレないくらい十分に検討をしたうえで、投資行動を「選択」していく心構えが必要であると考えます。

そもそも「集中投資」「分散投資」に関する本質的な議論は、ほぼ存在しない

筆者は、株式指数を開発・研究していた実務経験のなかで専門機関と同種の議論を重ねてきましたが、そもそも、この件について本質的な議論が一般に広まる機会はほとんどないと感じています。

(株式インデックスの比較による議論)
単に株式指数を比較し、どこかの期間を抽出して「パフォーマンスに有意性があれば集中投資が有効」あるいは「パフォーマンスの跛行色が強ければ分散投資が有効」という主張が多いのではないかと推察します。

注意が必要であるのが、指数は人間が作った単なる企業の著作物であるということです。意外かもしれませんが、指数には恣意的な決定要素が多分に存在します。

算出期間中に、算定方式や時価の評価基準が変更になることもありますし、構成銘柄の選択、配当の処理、税制の取り扱い等の基準はベンダー毎に異なります。過去遡及のデータは推定されたもので信ぴょう性に欠ける場合もあります。当然ながらリアルタイムでの算出時期は指数毎に異なります。その他にも挙げればきりがありませんが、恣意的な要素は多分に含まれるので、単に指数のパフォーマンスを使っただけの市場毎の評価の正確性には疑問が残ります。

厳密には、市場毎の各上場企業の株式リターンと配当、分割情報などのコーポレートアクション情報などの元データを集計したうえで市場を分析する必要があります。もちろん、指数計測期間だけでなくより長期間での分析も時として必要があります。

単純な指数のパフォーマンスを使った分析がギリギリ可能であると推察できる期間は、再現性等に鑑みても、各市場においてそのインデックスファンドが誕生して以降の期間に限定されるものと考えます。専門家ですら安易にインデックスを市場と捉えて分析をすることがあり、なかなか市場の本質を捉えて「集中投資」「分散投資」を説明される機会がないのが実情です。

(将来の不確実性を持ち出す議論)
また『「将来のことは予測ができない」から国際分散投資が有効』というロジックも多いであろうと推察します。これは、おそらくバンガード社のマーケティングの影響によるものと考えます。

「将来のことは予測ができない」は投資に限らず、ある意味、人類のすべての事象にあてはまる「あたりまえ」ことです。

仮に、それ「だけ」を根拠として「国際分散投資」が推奨されるのであれば、「国際分散投資」による期待リターンがプラスである前提での投資行動であるので、少なくともその部分に関しては「将来の予測」ができる、という矛盾に陥っています。

「集中投資」「分散投資」に限らず投資を行う以上は、投資対象の期待リターンがプラスである前提となります。結局「何かを決めて」かからないと投資は実行に移せるものではありません。

この件は、本質的には『「国際分散投資」が特定市場への集中投資と比較して「リスク調整後リターン」で優位になる、ということが「将来」においても確認できる事象であるのか』という論点となるのではないでしょうか。

専門家の投資行動の多様性

この「集中投資」「分散投資」の程度問題は、専門家でも「選択」が分かれるところです。そして、興味深いのが、専門家は属する会社の方針とプライベートで実践する資産運用のスタンスが一致しないことが多々あることです。

筆者の知っている限りですが、国際分散投資を推奨するインデックスファンドで有名な海外運用会社の社外取締役で、特定市場のアクティブファンドを購入している方もいます。また、短期的トレードがメインであるヘッジファンドのファンドマネジャーで典型的な国際分散投資を実践している方もいます。(どちらも学会等で公言しています)

もちろん、これらはごく一部の投資行動で、全体を語れるものではありません。
しかし、自身の会社の投資方針を説明ロジックに最も詳しいはずの専門家ですら(「だから」なのかも知れませんが)、会社の投資方針・哲学とは異なる資産運用を実践をしている方もいるので、そこからも万人に通じる「正解」がないことが分かるのではないでしょうか。

ウォーレン・バフェットの「分散は無知に対するヘッジ」発言

世界で最も著名な投資家ウォーレン・バフェット氏は分散投資について以下のように語っています。

分散投資について:
分散投資は、リスクヘッジではなく「無知に対するヘッジ」だ。
自分が何をやっているかわかっていれば、分散投資は必要ない。

著名投資家であっても、これは1つの見解にはすぎません。
当然、これが「正解」というわけはなく、一個人の「選択」であるだけです。納得感がある方、納得感がない方、受け取り方は人それぞれだと思います。

バフェットの言葉を借りるのであれば一般投資家「無知」と認めて分散投資を行うというのも選択の1つなのかもしれません。もっとも、バフェットが言っている「分散投資」とはどの程度の「分散」であるのかは定かではありません。

また、バフェットは、自分の死後に備えて、奥様に「資金の90%をS&P500に投資するように」という言葉を残しているそうです。

2013年度 バフェットからの手紙:
現金の10%を政府短期債。残り90%はS&P500のインデックスファンドで運用するよう指示しました(超低コスト投信の運用で知られるバンガード社の投信を推奨)。
この方針により、高額な手数料をとる運用者に任せている他の投資家よりも、長期的には優れた結果が残せると確信しています。

自身の死後は、米国株インデックス運用を推奨しているようです。

奥様に指示した資産運用についても、米国株への集中投資(一般的な国際分散投資と比べて)となっているので、この辺の「集中投資」「分散投資」の程度の問題をバフェットがどのように考えているのか、非常に興味深いところです。

最後に

繰り返しになりますが、「集中投資、分散投資のどちらが正しいか」に正解はありません。多くの場合「集中投資」「分散投資」の程度の問題であり、投資家がメリット・デメリット等を認識したうえで決定する「選択」の問題でもあります。

そして、国内外において、批評・反論が多い論点ではありますが、上述した通り投資家心理から考えるとそれも当然と言えるでしょう。しかし、投資家としては、過度に気にする必要はなく、仮に参考になる考え方があれば、自分の資産運用に活かせるよう柔軟な対応ができれば良いと思います。

資産運用全般に言えることですが、要は投資家自身に「十分な納得感があるか」が最も重要となります。それができないと、資産運用を続けていけませんし、気持ちよく生きていけませんので。

~この記事の著者~

香川 功行

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